ギャンブルは日常生活の香辛料

ギャンブルすることを後ろめたく思う人もすくなくありません。
当然、節度を越えてのめり込んでしまった場合には
眉をしかめたくなる事態になることもあるでしょう。

しかし節度を越えてのめり込んだ場合の弊害は、
食事でもコレクションでも同じようなものではないでしょうか。

なぜ、ギャンブルをのように扱ってしまうのでしょうか。
私はその原因を子供の頃の道徳教育だと考えます。
子供の頃誰もが楽をして儲けてはいけないと教えられたことでしょう。

直接その言葉を説かれる場合もあったでしょうが、
「蟻とキリギリス」のような寓話の中にそれは存在し
、おとぎ話の疑似体験を通して、
楽をして儲けようとしてはいけないという価値観を身につけました。

その寓話が効き過ぎているのです。
若い頃に楽をして時間を無駄にしてしまうと
後から取り戻すのが大変です。

また、近代社会は若い頃の努力が
後の人生に大きなアドバンテージを与えます。
ですから道徳教育を否定するつもりはありません。

しかし、そのせいでギャンブルが否定的にみられるのは少しおかしいと思います。
ギャンブル否定論者が、道徳の次ぎに
挙げるのはお金の無駄使いです。

どうせ負けるようにできているのだから、
それにお金を費やすのはばかげていると言います。

しかしそれも、高価な食事や貴重なコレクション品に
お金をだしているのとまったくかわりません。
そして、それらはすべて経済活動という観点の元で意味をなしています。

さらにギャンブルは、平坦になりがちな
生活にメリハリを与えてくれます。
痴呆の防止には脳への刺激が効果的だと言われます。

ギャンブルで当たった時の感触はそれの一助となるでしょう。
タバコは他の疾病のリスク増大と引き替えに、
精神的ストレスを軽減してくれるという効果があります。

それと較べたら、お金という人体ではないものと引き替えに、
日常に刺激を与えてくれるのですから、
かなり優良なものといえるのではないでしょうか。

最後に付け加えますと、私もそうですが、
ギャンブルが好きな人はそれによってお金をえる事よりも
当たった瞬間の興奮が好きなのです。
お金はその為の道具にすぎず決して楽して儲けようとは思っていないのです。
だから負け続けても続けたいと思ってしまうのです。

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